« 2006年6月 | メイン | 2006年8月 »

2006年7月11日

品川女学院 現地見学まとめ

7月例会 7月11日(火) 19:00?21:00
場所  学士会館 309号室
テーマ 品川女学院成功の分析
    現地調査の結果まとめ
    現地調査の結果を受け、
    成功の要因を分析します。

 
「品川女子学院・成功事例」例会参加の感想
                鈴木房子
7月例会の感想の前に、私の立場を確認し、経緯を辿っておきます:
2月例会で矢澤さんが品川女子学院を『学園再生の事例研究』と題して発表してくださるという案内を見て、「面白そう」と思い、参加しました。なぜなら、私が専門学校の非常勤講師をしているので、学校教育のあり方に興味があったからです。矢澤さんの発表を聞いて、「へぇ?、すご?い。こんなにうまくやっている学校もあるんだ」と驚きました。
6月例会の実地見学は、残念ながら仕事があって、参加できませんでした。そのために、7月例会の、参加者による『品川女子学院成功の分析』を「これは、聞かなくては!」と楽しみに参加しました。
以下、感想です:

感想は一言で済みます。「すばらしい!」
すばらしさの内容は、2月、6月、8月の各『じょうはん』誌に詳しく書いてありますので、ここで繰り返しはいたしません。むしろ、ここでは「なぜ私に例会の感想を書け」と言われたかについてを書きたいと思います。2点あります。1点目は、脳力開発および情勢判断学を勉強している人が陥りがちな、いわば盲点というようなことでしょうか。2点目は、私が女性だからでしょう。

ひとつずつ整理してみます。
例会では、見学にいらっしゃった会員の方ひとりずつ気づかれたことや感想を述べられました。「学校は、学生の態度は、こうでした」とか「××と質問すると、○○という答でした」という発言です。複数の方が話されるので、だいたいの状況はつかめました。しかし、何か釈然としないものを感じました。「よくわからない...」と感じたのですが、そのときは何も言わずにおりました。榊原さんが少し遅れておいでになり、「かわいくて、魅力的な女性でした」とおっしゃったとたんに、私の内でスッキリし、すべてが見えた感じがしたのです。「な?んだ、そうなんですね」と言ったと思います。

どうも見学にいらした方たちは、裏を見ようとか、本音を探り出そうという姿勢でいらっしゃったのではないかと、私は思ったのです。しかし、改革の旗手である漆校長先生は、本音で改革を実践していらっしゃるのでしょう。戦略がはっきりしていて、それは周囲の人々の錦の御旗になっていて、ち密に戦術を組み立て、できることからひとつずつ着実に実践し、その根底には主体的にやる姿勢があり、進歩発展をめざし、生徒・親・地域住民・企業・教師など他人の利益もはかりながら、悪条件だからこそ変革が必要であると思い、変革には時間がかかるのを知って、両面も考え、確定事実を具体的に追いかけるなど、すべて脳力開発・情勢判断学の指針にあるような行動を積み重ねていらっしゃる。その結果として、いくつかの変革が起こり、成功に至っている。しかし、まだ途上であり、完成でないともおっしゃっている。ここまで実践していたら、「すばらしい!」の一言しかないではありませんか。変革の核は、やっている事柄ももちろんですが、実は漆先生の人柄とか有り様で、会った方たちは「かわいくて、魅力的」と感じたのです。

ここからは、私の考えを述べさせていただきたいと思います。脳力開発・情勢判断学を勉強していると、普通の人が気づかない点に気づくようになる。分析力や判断力もついてくる。“よみ”もできるようになってくる。その通りだと思います。しかし、それは、人より優れているとか、立派だということではないと、私は思っています。なぜかというと、脳力開発・情勢判断学を知らないのに、実践し、良い結果を出している人々がたくさんいるからです。漆先生は、そういう方のおひとりではなかったのではないでしょうか。ですから、矢澤さんは、「このケースを勉強してみよう」と提起してくださったのだし、直接行って話を聞いてみたら「まさしく脳力開発・情勢判断学の実践のケースだった」のではないでしょうか。脳力開発・情勢判断学を勉強しているからこそ、ただ単に「すばらしい」とほめちぎるだけでなく、きちんとした裏付けをもって「すばらしい」と言い切ることができるのではないかと、私は思うのです。

ただし、勉強を強く意識しすぎると、物事を素直に受け止められなくなる時期があるような気がします。私もかつて分析と称して指針をふりまわしていた時期がありました。“はしか”のようなもので、勉強する人が辿る道程なのかもしれません。しかし、近頃は理屈ではなく、感性のようなものができてくるような気がしています。「もっと素直でいい。自分の感覚を信じよう」と。

それが、2番目の「女性だから」につながっています。女性は概して、理論ではなく感覚の方が強いようです。「どうも変」とか「よくわからない」ので行動を起こさないとか、「これは、いいわ」として一生懸命やります。私はたまたま脳力開発・情勢判断学を勉強したので、良いか悪いかを別として、理屈っぽいのですが(いや逆でしょうか、理屈っぽかったので、脳力開発・情勢判断学に合ったのかもしれません)、女性は理論に弱い傾向があります。しかし、感覚が優れていて一途だからこそ、その感覚が正しければ、すごい力を発揮するという例が、漆先生だったのではないでしょうか。今回のケースでは前面に出てきませんでしたが、ご主人をはじめとして、周囲の男性が彼女を助けているのではないかと、私は思いました。女性がビジネスの場で成功するには、男性の援助が必要だと、かねがね思っているからです。感性に優れた女性と、理論に優れた男性が組んで仕事をしたら、きっといい仕事ができます。漆先生は、これからのビジネスのあり方を示唆する良い例でもあったのではないかと思いました。
  以上、例会の感想でした。

********************

ここからは蛇足です。
 例会の勉強としてはとても良いケースだったと思うのですが、私は「根本の解決ではないんじゃないだろうか...」とつぶやいてしまいます。
 個別の組織体としての成功の可否を問われれば、成功と見なせるケースだと思うのですが、もう一段上の教育という観点でみると、解決にはつながっていないような気がします。

 例えば、ここに中高一貫校に入学しようとする小学生の女の子がいるとします。優良校に入るために、塾に行きます。一生懸命勉強して入試を突破します。本人はうれしいし、自信をもつでしょう。親は喜びますし、親戚も先生も近所の人たちにも「おめでとう。いい学校に進めてよかったね」と言ってもらい、進学します。優良校ですから、周囲の環境が良いと考えられます。良い友達もできますし、先生方の指導も素晴らしく、課外活動でも良い体験を積みます。有意義な学生生活をすごし、向学意欲もわくでしょう。そして、良い大学に進むために、さらに塾に行き、入試を突破し...と、ある特定の子供に焦点を当てれば、そこでまた成功事例を見ることができるかもしれません。

 しかし、それが本当に「人を育てる」ということなのでしょうか。学校は自分の進路や将来設計を決める大きな要因です。しかし、学校を選択するときに、入試というプロセスを通過しなければならない現状があります。一生懸命勉強して入試に合格するのは、単なる現状への表面的対処にすぎないような気がするのは私だけでしょうか。狭き門を通過するのは、逆の見方をすれば、入試に失敗する子供たちの数を増やすことです。合格しなかった子供たちをたくさん作ることが優良校の証です。落ちてしまった子供たちの育成は、いったい誰がするのでしょう。成功するために塾の費用、入学金や授業料、課外学習のための費用など、裕福な家庭の子供の方が成功の確率が高いという、近年強まっている傾向は良いことなのでしょうか。良い条件に恵まれた子供を成功に導くのが、本当に良い教育なのでしょうか。親が教育熱心ではない、経済的に余裕がない家庭の子供たちは、誰が育成するのでしょう。

 脳力開発がつくろうとしている、「どんなことがあっても明るくたくましく、自分の人生を自分の力で築いていく。そして社会や周囲の人々の役に立つ人間像」が、優良校で本当に育成できるのでしょうか。
 入学する学生も、受け入れる学校も、自分の足元をしっかり固めるために最大の努力をする。品川女子学院のケースは、そういった意味では、素晴らしいケースでした。しかし、人を育てる教育というものは、学校という単位だけで考えることはできないのではないかしら...そんなことを考えてしまった私は、つい、「根本の解決ではないんじゃないだろうか..」とつぶやいてしまったのです。