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2007年6月13日

我が家が経験した教育体験

日時  : 6月13日  水曜日
      18:30?20:30
場所  : 港区商工会館
参加費 : 1000円
テーマ : 「我が家が経験した教育体験」
担当  : 平井 兵治

 昭和40年の初めに、偶然にも、知人宅で教育に失敗した実例を、身近で見聞きした。お陰で身にしみる経験ができ、教育の重要性を痛感した。重なる事、納税の厳しさを実感し、教えを乞ううちに、納税は十分に果たした上で公教育を十二分に活用しょうということで納得し実行することに決めた。
〔ケース1〕 先ず、一番目に出会ったのは、長女が三年生の時の「いじめ」だった、初めは攻撃法を手解きしただけで、「二度と泣いて帰るな」やっつけて来い、位で済んでいたが、最後に、どうしても勝てない「いじめ」に会うことになってしまった。
敵は相当に悪いらしく、実は校長先生までもが、梃子摺る同級生らしいと聞き及んでいた。下校中の彼を待って、「おいチョット入れ」彼も大人しく店に入ってくれた。すかさず、「今日からは俺の子分だぞ!!」前もって用意していた半紙に包んだお菓子を渡し、「子分!!頼むよ。」と強く肩を抱き締め、「月曜日と水曜日には、用意しておくから寄れヨ!!必ずだよ!!」と言って約束した。それ以来、ズーット続き、次第に学校での彼の評判も良くなり、最後には、校長先生までもが、どうしたんですかと聞きに来る次第。以来、今日までも彼との交流が続いている。今は私が子分を務めているかな・・・。
仕事のペースを、復習に付き合う様にして、教え方は大分、苦労をした。又、買ったばかりの新品テレビのコードを切ったりもした。 
 学年が進むにつれて、周囲の様子が耳に入ってくる中で、どうも、東京のインテリ層の家庭では、親戚一同で、教育情報を共有して漏らさない。この事実に出くわした時には、アッパレと敬意を表した。厳しく躾ける親の方針もツの付く九ツの年までだと教わって関心した。それに付加する意見ですが、門歯のしっかりとしたお子さんは、早めに自主性を与えた方が良いようです。
〔ケース2〕 次に、今日、学校で起こっているのと全く同じ学級崩壊を経験した。その時は、実に見事に正常に回復した。四年生の時に起き始めた。一学期に、女性教師が担任になられた時に、男子生徒の一人が暴れだして、収拾が付かなくなり、三ヶ月も経たないうちに、学級が完全に崩壊した。学校当局は直ちに、男性教師と交代させ、職員室にあったデスクを教室に運び入れ、朝の始業前から終業まで、ズーット生徒と一緒に密着する様になると、間も無く、正常を取り戻した。お見事という他は無かった。
 今日でも、テレビを見るたびに、何で教師と学校間で成功データとして共有されていないんだろうと思えてならない。結局のところ、職員室の廃止と生徒と教師の密着に尽きると思えてならない。どうして気付いて実行されないんだろうと、歯がゆい思いでならない。これこそが、「いじめ」「自殺防止」の切り札であると信じる。
最後に、どうして国民の教育が何故に必要なのか、自然児は許されないのだろうかと言う素朴な疑問に到達する。熟慮するに、大きく分けて二つになるだろう。
一つには民主主義の質の向上の為に、具体的には選挙権行使等の負託の質の向上にある。例えば、40年位前に実際にあった話ですが、国会議員がヘルスセンターの社長も兼ねており普段から、お年寄りには無料のチケットを配り、常時当選していた話。心理を突いた話だが、あっては成らぬ話だと思う。
もう一つはグローバル化の問題だ、高学歴の知能労働者を必要とする国是を如何に満足させる政策が取れるかに掛かっている。