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2016年11月21日

平成28年11月例会報告

日時  : 11月10日 木曜日 18;30 ~ 20;30
テーマ : 城野先生遺稿
      古事記中国語原本と翻訳
      第5回

場所  : 港区新商工会館
参加費 : 1000円
担当  :郷津 光

「古事記」の可能性に関する検討
2016年11月10日 郷津 光
1. 古事記について
概要
古事記の冒頭にて、712年(和銅5年)に太安万侶が編纂し元明天皇に献上したと記載されている。古事記より前に存在していた書物(天皇記、国記など)が蘇我蝦夷の放火によって焼失・焼損した 後に編纂されている事や、日本書紀との共通性等の根拠から、消失・焼損した書物や口伝等を基に作成されたのではないかと考えられている。
原本は現存しないが写本として伝わる。最も古いものは真福寺の僧によって写された「古事記・国宝真福寺本」である。国学者・本居宣長の研究・翻訳対象となる事によって、江戸時代以降「国学」形成の出発点ともなった。更に明治時代以降は第二次大戦の終戦に至るまで天皇を絶対化・神格化する役割を果たした。
戦後も多くの研究者によって調査・研究が進められているが、多くは本居宣長の翻訳を基礎あるいは前提としている点に特徴がある。
内容
単に日本で最も古い歴史書とされているから貴重なのであり、その内容については「日本国の優越を証明する書物ではない」等として格別の価値を認めないという立場もあり得る。また、科学・情報技術の途方もない発展と、ボーダレス化・グローバル化が促進し混沌とする世界情勢にあって「民族優位性の証明」として古事記を利用しようとすれば、戦前と同様の罠に陥り内容の誇大解釈等の結果価値の大半を失うのではないか。
しかし、近年の急速な科学・技術の発展に伴う全世界規模でのボーダレス化・グローバル化に伴う民族・文化間の摩擦の顕在化・激化は同時に、文化の相互尊重の必要性、および日本人のルーツ探求に関する意欲を増大させている可能性がある。
その点、「古事記」の内容を「個人の神格化・民族優位性の証拠としての道具」ではなく、「ルーツをたどる資料」として捉えなおすのであれば、強い需要が生じる可能性がある。
現状「古事記」そのものに対する関心は、特に若者の間で著しく低く、フィクション等の題材あるいは昔話の一部として断片的に知る事はあっても、主に本居宣長注釈古事記そのものの理解の困難さもあって、広く内容が伝播しているとは言い難い。仮に需要を喚起しようとするのであれば、古事記そのものへの捉え方の国内における広範な転換が必要であると思われる。
2. 城野先生の古事記に対する捉え方
古事記に対する姿勢
城野先生は著書の中で「伝説、神話も民族の祖先たちの生活表現であり、文化的遺産にほかならない。その遺産は後代のものも先代の経験として自己行動の参考にしてよい」 とし、古事記の研究について、「古事記の中にふくまれる部分的事実の中から、日本の古代人たちがどのように行動したかを追求し、人間行動としての歴史の真実を見出そうとする試みである。そして日本民族が自己の歴史の真実を見つめ、常に正直で誠意ある民族として行動し、ますます深まっていく国際関係のつながりの中で、立派に生きていく力としたい」 と述べている。
上記の姿勢は、古事記の内容を神聖視するでもなく、あるいは単なる権力者の道具として排斥するのではなく、日本国の文化的遺産として研究の対象とする事で日本人が国際社会で活躍する人となれるよう古事記を活用しようとする試みであると言える。
古事記の特徴
城野先生が、本居宣長注釈古事記ではなく、古事記真福寺写本の内容を中国語として捉えなおし、独自に検討した結果「古事記伝説はセックスと政権争いによって成り立っている。それは著しい特徴である。」 と述べている。詳しくは『古事記と人間』城野宏,2006啓明書房を参照されたい。
内容の評価
古事記真福寺本の内容について、本居宣長注釈古事記や明治時代以降の解釈との違いを挙げつつ、「華やかで荘重な支配者による民衆圧迫、征服と奴隷化の野に咲く華麗なる英雄の歴史ではなく、ごく普通で、平凡ではあるが、普遍的な誰にでも理解され、愛され、同情できる人間性と人間の歴史である。古事記はこの意味においてこそ優れた歴史的記録であるということが出来る」 と評価している。
平易な中国語で書かれた真福寺本に直接当たり、慎重にその内容を吟味すれば、本居宣長注釈古事記の様なわかりにくく深淵で壮大な古事記像ではなく、ごく有り触れた人間の生々しい心理が描かれた古事記像が浮かび上がると指摘している。
3. 検討
①・②を条件として、城野先生の描く「古事記」像が、今後日本社会から広く求められる可能性があるのか、下記検討する。
【城野宏翻訳古事記の意義】
本居宣長注釈古事記が多くの古事記研究の前提とされる中にあって、そういった高尚さ・深遠さを否定する城野宏翻訳古事記は、日本国内で広く受け入れられる事はないとも思える。そして、古事記自体は前記「1.古事記につて 内容」で扱った様に、技術革新・世界情勢変化の中で突発的に需要が喚起される可能性がある。
仮に「古事記」を建国神話として絶対視すれば多くの齟齬が生じる事は、城野先生が著書で再三にわたり指摘している。文化の相互主義を離れて自己の生まれついての優位を主張する目的で利用すれば摩擦を強めるだけになりかねない。
その点、城野宏翻訳古事記は、古事記に対する潜在的需要に答えつつ、虚飾等の不都合を回避する為に効果的であると考えられる。また本居宣長注釈古事記が前提となっている古事記研究に対する有効なカウンターとなり得る。これらの点で貴重な存在であると言える。
【城野宏翻訳古事記が与える影響】
 皇室の問題は国民の関心事であり、その最中にあって城野宏翻訳古事記は「天皇陛下も人である」という当然の事実をより明確にするものであると言える。しかし、同時にこれだけの国民的関心事である事柄について、よりよく理解するきっかけともなるのではないか。多くの日本人が敬愛する今上天皇と皇室について、戦後70年を経て現在大きな岐路に立っているとも言える。別世界の話ではなく、この国を支える国民の一人として、当事者意識をもってこの国の行く末に思いを馳せる、そのきっかけとして城野宏古事記は格好の材料ではないだろうか。
4. 終わりに
今現在、世界に存在し生活する人々は、過去から続く生命の連鎖の結果とも言える。文化の発生段階から今に至るまで「人は何処からきて何処へいくのか」という種の起源、あるいは「世界は何故存在するのか」という宇宙の起源について、関心が尽きる事はない。その点、日本列島で過去作成された「古事記」という書物は、日本における独自の創世神話を紡ぎ、普遍的な問に答えようとした証拠であるともいえる。過去のない我々が存在しないように、過去を顧みない未来もまた存在し得ない。日本に住む個々人が自らの中に受け継がれる「人間性」を感じ未来を見つめなおすきっかけとして、「古事記」を検討しても良いのではないか。

平成28年10月例会報告

日時  : 10月13日 木曜日 18;30 ~ 20;30
テーマ : 城野先生遺稿
      古事記中国語原本と翻訳
      第4回

場所  : 港区商工会館
参加費 : 1000円
担当  :フリートーキング

城野先生の遺稿を整理する中で、特に興味を引いたのが、古事記の原稿資料です。
これまで、城野先生遺稿「古事記中国語原本と翻訳」について以下の通り3回にわたり、論議してきました。

6月の例会では、榊原氏から城野先生遺稿「古事記中国語原本と翻訳」について、以下のような項目で説明がなされた。
1. 古事記とは
(1) 真福寺写本
(2) 本居宣長の翻訳とは
2. 城野宏先生の古事記翻訳
(1) 先生の古事記既刊本との時系列的関係
(2) 翻訳の目的
3. 城野宏先生の問題提起
(1) 序文と本文はつながらない
(2) 本居宣長翻訳の問題点
(3) 古事記と日本書紀の年代確定について
4. テキスト古事記(上巻)の発行者について
 7月の例会では、石田氏のご好意によりスキャナーしていただいたテキスト古事記(上巻)の資料をそれぞれが読み感想や意見を述べ合いました。
石田氏の例会報告の要約は以下の通りです。 
本原稿資料は、真福寺写本の中国語を翻訳したもので、上、中(原稿用紙83枚)、下巻(56枚)からなり、上巻のみが製本済です。面白いのは 上巻の序で、古事記の序文は漢文で書かれているのに、本文は簡単な中国語で記されていて、内容に相違があり、つながらないなど、我々が学んできた古事記の認識とは違いがあるようです。
城野さんによれば、古事記は本居宣長が日本の古語を研究し、古事記の中国式漢字配列のそばに自分の知っている古語を当てはめたのが「古事記伝」である。全部が日本の古代語らしいものに置き換えられてあり、普通の人には分からない。古事記の研究というと、原本のやさしい中国語ではなく、難しい古代語訳古事記が、まるで本来の古事記の原本だと誤解されてしまったようだ。
 城野さんは、古事記は難解で近寄り難いという先入観を突き崩し、古代日本人の生活内容を研究して、これまでの偽りの歴史から抜け出す助けにしようとされたのだと思います。この為に勉強会を立ち上げ、このテキストとして、上巻に引き続き、中巻、下巻と発刊したかったと思いますが、残念ながら先生が亡くなられたため、刊行は上巻のみとなっています。

9月の例会では、石田氏が参考資料を用意いただき、上巻に出てくる神々と命(みこと)、比売(ひめ)等の名前と系図を整理し説明頂きました。また、中巻に出てくる神武天皇以降応神天皇までの天皇や王(おおきみ)、命、比売の系図表を整理し解説をされました。
更に10月の例会でも、石田氏から補足として、下巻の仁徳天皇から推古天皇までの系図表を提示いただきました。
これまで主に古事記の内容について論議をしてきた。まだ下巻が残っているが、大体内容は理解できたといえる。また、この遺構、そのものが城野先生のご指導の元で、「古事記を中国語で読む会」事務局長の西忍氏が発行しようとしたものであります。(上巻は発行されましたが、中巻と下巻は、城野先生が亡くなられたために遺構として残されました)
西忍氏は、このテキスト作成の目的として、次のように書いています。
「古事記」に登場する人々が、その登場する時代に、どのような社会を作り、そしてどのような人間生活をおくっていただろうかということを研究したいと考え、「古事記の中の人間と社会研究会」を開くことになりました。この研究会は「古事記の時代」に興味のある人なら誰でも、できる限り多くの人々が参加しやすいようにするとともに、「使いやすい」テキストを作ることが基本であると考えました。又、研究の成果を着実に積み重ねていくためには、「事実認識がバラバラにならないように」そして、「共通の事実認識のうえに立って、討論・研究ができるように」と考え、このテキストを編集・製作しました。
従い、私達としては、情勢判断学あるいは脳力開発の立場からこの「古事記」の中から何を受け止めるのか、原点に戻る必要があります。
その意味で、これを整理するために城野先生の著書「古事記と人間」を整理することといたしました。
これまでの古事記に関する論議を総括する意味で、城野先生が脳力開発の観点から古事記について書かれた『「古事記と人間」:脳力開発による歴史の解明』を読み取り、城野先生が古事記の中から何を受け止めておられるのか整理することとし、まず郷津氏に読んでいただき整理をして頂きます。それをもとに論議することと致しました。