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2017年1月20日

平成29年2月例会報告

日時  : 2月9日 木曜日 18;30 ~ 20;30
テーマ :私の履歴書 カルロス・ゴーン
場所  : 港区商工会館
担当  :石田 金次郎

・・・日産ゴーンの社長退任報道・・・
2017年2月23日の新聞に「日産ゴーン社長退任」・・・会長継続、後任西川氏・・・というニュースが報じられた。
「カルロス・ゴーン」は日本にとって何だったかといえば、一つは、日本的経営の成功と結びつけて論じられてきた様々な規範、終身雇用・年功序列・系列取引などの慣行を「経営上機能しているか否か」という現実的で客観的な尺度から問い直した経営者であること、もう一つはグローバル化でヒト・モノ・カネが地球規模で行き交う時代に競争原理や多様性を重んじた人事・賃金制度を導入し「アライアンス」という買収でも合併でもないグローバル連合を実現した経営者であると日本経済新聞は評している。
今次の発表は、インターネットと自動車技術の融合という変化の波が押し寄せてきて大胆な変革能力が求められている自動車業界の中にあって、ゴーンは自動車メーカーの21世紀型の土台作りに注力することを最後の仕事に選んだのが眼目であるとコメントしている。
・・・私の履歴書の骨子・・・
(生い立ち)
日本経済新聞の2017年1月の連載の「私の履歴書」は、そのカルロス・ゴーンである。その一回目の記事で、グローバル化の時代に「アイデンティティを失わずに多様性を受け入れること」が大切であると説き、「20年前なら人間は生まれたところで働くのが普通だった。だが、これからは世界を舞台に働き、生活するようになる。グローバル化には犠牲も伴う。私も様々な犠牲を払ってきた。それでもグローバル化は人の限界を取り除き、新たな可能性に気づかせてくれる。日本人の多くもそんな時代を生きることになる。私の人生を知っていただければ、何か参考になることがあるかもしれない。日本の皆さんのお役に立てるのならこの上ない喜びである。」と抱負を述べている。
彼の生い立ちであるが、祖父はレバノン人でブラジル生まれの移民の子である。1954年、アマゾン川流域で生まれ、レバノンでイエズス会系一貫教育校に学び、多感な十代を過ごした。校長はフランス人、教師にはレバノン人、シリア人、エジプト人と多国籍企業を思わせる組織だった。この時代の経験で、教師から「物事を複雑にするのはそれを何も理解できていないからだ。」という教えを思い出すと言っている。大学は、フランスの大学に進んだ。国防省直轄のエコール・ポリテクニーク、エコール・デミールで、成績はよかった。在学中米国旅行に行き、米国人学生の自己表現力がすばらしかったと語っている。
(ミシュランへの入社)
1978年、ヘッドハンターを通じ、タイヤメーカーのミシュランからの誘いがあり、学生生活に終止符を打ち、ミシュランに入る。最初の配属先はタイヤ製造工場で、生産性向上に関心を持って、毎日何度も現場に行き、意思の疎通が重要との考え方を身につけた。そして、入社3年後、若干26歳で工場長に抜擢され、部下に年上の多い職場で意思疎通に時間を費やし、直面している問題を熱心に議論し、解決のためにチーム作りに力を入れた。
2年後、本社から呼び出しがあり、買収した同業メーカーの再建を財務責任者の下で働くが、このときに、2つを身につけた。一つは、クロス・マニュファクチャリングという、別々のブランドを同じ製造ラインで生産する手法を見いだしたこと、もう一つは、最先端の企業財務の考え方と実務を習得した。
入社7年目の1985年、巨額の負債が膨らんだブラジル事業を再建のため、ブラジルに赴任した。問題の原因は政府の物価統制にあり、政府と粘り強く交渉し価格引き上げ努力し、一方、スト決行中の工場に入り労働者と直接話し合いをした。結果、3年後にはブラジル法人は急回復した。現金管理を徹底したのがよかったと言っている。
1989年、米国の同業大手の買収に従事し、90年には買収し、古い設備・生産能力の適正化で3つの工場を閉鎖した。統合すべき事業を一緒にし、相乗効果を生む組織作りを心がけた、そのために、ミシュランと買収会社の双方から最良の人材を集め、経営執行委員会を作ったことである。短期的な利益を重視する米国流の経営と欧州の同族企業的な長期経営の折り合いをつけるという文化の融合でもあった。米国では市場での競争が全てであり、経営者として成長の場であった。
(ルノーへの入社)
1996年またヘッドハンターから、ルノーが「NO2を探している。いずれトップになる経営者人物」というオファーを受けた。ルノーの面談を受け、ミシュランの了解を得て、ルノーに入社した。労働者の高齢化、旧式の生産設備、縦割りの組織で、赤字決算確実な情勢であった。ブラジルや米国の時と同様、クロスファンクショナルチームを作り、部門の厚い壁を壊し、風通しをよくし一緒に問題解決に当たる状況を作った。1997年には数値目標と期限を掲げた「200億フラン削減計画」を作り推進した。部品の種類を削減・単価の見直しのため、サプライヤーの支持を得ることにも注力した。ベルギーの工場閉鎖では、決算を公表して事前の理解を得る努力の必要性を学んだ。
(ルノー・日産の提携)
1998年独ダイムラーと米クライスラーの対等合併で、世界的な自動車産業の再編が始まった。日産は過去10年で一回しか黒字になっていなくて、救世主を求めていた。日産・ダイムラーの出資を巡る交渉が破談となった。ルノーは交渉の土俵に残り、日産に「200億フラン削減計画」を説明し、日産からのニーズは企業再生、異文化経験などの条件を満足する幹部を求めることで、必然的にゴーンに白羽の矢が立ち、これを受け入れ、1999年ルノー・日産の提携が成立した。
(日産の再生)
日産の再生に当たっては、これまでのリーダーとしての経験から、本当に会社を変えられるのは中にいる人々であること、ルノーからも溶け込む努力をすること、異質な人同士が心一つになることを心にして取り組んだ。
日産の再生計画は各部門から集められた中間管理職の「クロスファンクショナルチーム」が中心を担い、2年間で20%のコスト削減できる計画を導き出した。これを社員・株主・社会へどう伝えるべきか、成案を推敲し1999年末には「日産リバイバルプラン」として発表した。
そして、日産は2002年3月期に売上高利益率4.5%にし、有利子負債を7千億円以下に減らすという約束を1年前倒しで達成し、「V字回復」と言われた。その後経営計画には、必ず数字を共通言語とした。また、賃金や人事制度改革にも、公平性の観点から取り組んだ。
2002年には中国の呉副首相より、東風汽車の再建の直談判を受け、相性が合うかどうか何度も確認し2003年合弁会社設立し、業績回復した。
(日産ウェイとアライアンス)
これらの経験から、今後の行動規範となる「日産ウェイ」をまとめた。これは役員たちとの議論の結果、5つの心構えと5つの行動である。
「全ては一人一人の意欲から始まる(The power comes from inside)」を出発点にして、「異なった意見・考えを受け入れる多様性」、「最小に資源で最大の成果」、行動には「競争力のある変革に向けて継続的な挑戦」などあり、全世界の社員はこれを共有している。
日産とルノーの提携、アライアンスとは、ルノーはルノー、日産は日産のそれぞれの意志決定機関や取締役会、株主を持ち、独立した経営判断をする。合併でも買収でもない第3の道だ。グローバル化は世界が一つになるという考え方だが、個々の人間、企業、国・地域のアイデンティティを否定するものではない。
2010年ルノーと日産がダイムラーの株を持ち合い、関係強化することにした。共同開発や有益情報の共有で、戦略的協力関係である。2016年三菱自動車が日産・ルノーのアライアンスに加わった。
(リーダーの条件)
ゴーンはリーダーの条件をあげている。それは、結果を出せる人、人々とつながることのできる人、新しいことを常に学ぶ姿勢のあるひとである。生まれながらのリーダーなどは存在しないし、周囲からリーダーと認識されないと、リーダーにはなれないものである。
(家族と教育)
 家族は子供が4人、ブラジル・米国生まれの3女1男。父親として子供に自立心をどう芽生えさせるかを常に考え、接してきた。1つは経済的な自立、4人はすでに仕事を持ち、それぞれのキャリアを歩んでいる。2つめは知的に自立することで、自分で考え学ぼうとする意欲を持つこと。3つめが精神的に自立することで、これが究極の自立であり、自身のアイデンティティを持ち、物事を判断できるようになることであると考えている。毎週電話をかけ、父親として、参考としてのアドバイスはする。意志決定は子供である。そして、毎年8月と年末年始にはリオを訪れ母や姉と一緒に過ごすことにしている。
 子供たちは、米国・日本・フランスで教育を受け、レバノンの文化も理解している。多様性を理解し、アイデンティティは国籍で縛られないと考えている。そして、休暇は子供たちと一緒に過ごすようにしている。必ず一人で来て、家族水入ずで過ごす。
・・・カルロス・ゴーンの人物像・・・
彼の人物像を考えてみると、多様性のある環境の中でアイデンティティをしっかり持って多感な十代を過ごし、よき教師から「物事を理解するためには、できるだけシンプルに考えること」の教えを受けた。実社会に入っては、変革するのは一人一人であるとの基本認識から、常に人との意思の疎通を心がけ、組織の運営では縦割りでなく、クロスファンクショナルなチームを構成して独善に陥ることのないよう計画目標をまとめ上げ、実施での数々の教訓を蓄積し、それを生かしてきた。そしてその中から共通する手法を編み出し、ボトムアップとトップダウンと上手に使い分けた経営してきたといえる。特定な考えに偏らない、拘らない経営を目指し、且つDiscipline規律とFocus集中を心がけてきたと言っている。アイデンティティを尊重し、多様性を受け入れる人物像でないかと思う。
・・・所感・・・
ゴーンの連載を読んで各自の経験から諸見解が示された。留学の経験から米国では「個人の自立」が厳しく求められるやら、会社としての望むべき方向とオーナーの方針が違うとなかなかうまくいかなかったことや、人材の育て方などたくさん出た。
今回のゴーンの私の履歴書は確かにこれからの日本のあり方を考えるときに、教育や身の処し方を考える上で大変参考になるものがあるように思った。

平成29年1月例会報告

日時  : 1月12日 木曜日 18;30 ~ 20;30
テーマ :アメリカ大統領選について
場所  : 港区新商工会館
参加費 : 1000円
担当  :石田 金次郎

2017年1月7日までの日本経済新聞記事からトランプに関する記事を抜き出し「トランプ大統領と世界」としてまとめた資料をネタにして意見交換しました。

(アメリカ大統領選)
先ずは、アメリカ大統領選について、11月9日の記事で選挙人の獲得結果がクリントン232人、トランプが306人で最終的に確定した。このような結果をもたらした要因は何なのか、12月2日の記事では、ニューヨーク市立大学のブランコ・ミラノビッチが世界規模での所得変動を分析した「象のチャート」、と米国国家情報会議がまとめた国力指数をグラフ化した「グローバルトレンド2030」を掲載していた。
「象のチャート」では、縦軸に1988年~2008年の20年間の実質所得の伸び率、横軸に所得、のグラフである。これを見ると、世界の所得のトップの1%と30%~60%の所得層の実質所得が60%増加している。が、先進国の中間層は10%以下の低い伸び率になっている。これは、グローバル化とIT化で一握りの金持ちと中国やアジアで勃興した中間層に恩恵を与えたと分析している。
近未来予測の「グローバルトレンド2030」では、米国の国力は2040年代までは当面揺るがないとしているが、その後中国に抜かれる表が描かれている。その国力とは、GDP・人口・軍事費・技術投資・健康・教育・統治という要素から算出した国力と説明している。
 12月19日のコラム「エコノフォーカス」では、1980年代末から進んだグローバル化では新興国経済が急成長し、国家間の所得格差が縮小し、取り残されたのが欧米の低中所得層で、格差が広がった。技術進歩はITを使いこなせる一部の人と、仕事を奪われる人の二極化を招いた。そして、グローバル化の進行と並行して先進国の低成長が中間層の所得増を阻み、格差を助長した。米国の白人労働者層の不満の爆発でトランプの勝利となったと大統領選を分析している。
 12月15日の毎日新聞では、フランスの歴史人口学者であるエマニュエル・トッド氏の意見を載せている。「トランプ氏が勝ったのは真実を語ったからだ」、「トランプ氏の勝利は経済グローバリズムの流れを作った米国がグローバリズムに耐えられなくなってきた事を意味する。世界にとって転換点となるだろう」などである。
現在世界では、色々な問題を抱えている。シリア問題、IS、米ロ、米中、BREXITなど有り、トランプが勝った要因の分析は、今後の世界の予測を考える場合大いに参考になるものと思う。

(トランプ政策)
 トランプの政策であるが11月15日にはトランプ氏のネット演説をしている。
 それによると、最初の100日で実行政策を提示するために、政権移行チームを作って、新政権の人選を進める。トランプ氏の政策の原則は、「米国第一主義」、「雇用を作り出す」、「TPPは脱退する」、「雇用創出の妨げになっている規制の撤廃」、「サイバー攻撃から基幹インフラから守る」、「移民問題」、「退職した政府高官のロビー活動禁止」などで、中間所得層を立て直していく」としている。

(トランプ政権移行チームと現れた陣容)
 11月13日の記事で、トランプ政権移行チームは身内中心であるとし、副大統領予定のマイク・ペンス氏を委員長に6人の副委員長と4名の委員で構成されている。11月30日には、ホワイトハウスの大統領主席補佐官には共和党全国委員長のフリーバス氏、同大統領補佐官(国家安全保障担当)にフリン氏、上級顧問にバノン氏、閣僚級として司法長官以下6人、12月12日には、国務長官にエクソンCEOのティラーソン氏、12月15日には、対テロ・市場を意識し、国家経済会議議長にゴールドマン・サックス出身のコーン氏、国土安全保障長官に海兵隊退役大将のケリー氏、国防長官は中央軍司令官のマティス氏など、トランプ政権の陣容があらかた固まってきた。軍人・CEO政権といえると記している。

(トランプ新政権と外交)
オバマ政権が対立したロシアのプーチン大統領と親交のあるティラーソン氏を政権の要に置き、米外交を刷新、経済閣僚に経営者を多く登用し、国内経済を第一とする姿勢を鮮明にしている。

(TPPなどを巡る動き)
11月21日、トランプ大統領は公約通りTPPから脱退すると表明し、雇用を取り戻すために二国間交渉を進めると宣言した。19日からペルーのリマでアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議をして、TPPの重要性を改めて確認し、発効に向けて国内手続きを進める事の認識の共有しようとしていた会議に水を投げかけた。経済だけでなく政治的意味も持つTPPが暗礁に乗り上げた。

(トランプと中国)
米国の対中貿易赤字は、赤字拡大の一歩たどり、過去最悪の状況になっている。対中国対策は最重要課題の一つといえる。
トランプ氏のツイッターでは、中国が南シナ海の人工島を造成し軍事複合施設を建設していること、中国の為替操作については、「通貨の価値を下げることや中国に入る我々の製品に重い税金を課している」として批判した。又、12月3日の記事では、経済政策の主導権を狙ってか、トランプ氏が台湾の蔡総統と協議したことを報じている。そして、一つの中国論に縛られないとしている。
中国については、アメリカの潜水機奪取事件、台湾への恫喝、南シナ海での空母遼寧の訓練とこれから激突する経済問題には荒波が立っている。かっての日米貿易摩擦を彷彿とさせるような事態である。
なお、中国については、WTO協定上、米欧日とも鉄鋼問題など重視し、「中国、なお非市場経済圏」の立場を取っており、中国の反発も広がっている。

(NAFTAと米国産業政策)
トランプ氏曰く、「NAFTAは、米国にとって最悪である」。11月16日の記事で、米通商代表部資料によると、メキシコ、米国、カナダの輸出入相関図で、米国対カナダ、米国対メキシコは共に三千億ドル輸出入の規模であり、相互に依存しあっている。NAFTAをどうしようというのか、
現在、トランプ流で、キャリア社、フォードなど米国凱移転に警告を発し、メキシコへの移転は抑制されてきている。米国の雇用確保を理由に、トヨタにも口先介入してきている。

(トランプ相場と金融など)
大統領選語に米長期金利が1.8%から急上昇した。大統領選語に円安が105円から加速した。トランプの政策は、大型減税とインフラ投資、エネルギーや金融の規制緩和で米景気が刺激されると囃し、円安・ドル高となった。新興国の通貨もドルに対して下落した。これは、新興国経済の先行きに不安を生じる悪循環のリスクか。
リーマンショック以降、ドット・フランク法、グラス・スティーガル法などの金融規制が出てきた。経済の潜在成長力は鈍化の一途を辿っていること、世界の中央銀行は金融緩和で対応し、中央銀行の資産規模は拡大の一途であり、先進国では、マイナス金利で対応している。
こういう中で、トランプ氏の唱える積極財政への期待は膠着状態を解くかとの見方が出てきているが、トランプ構想が空手形となり、米国が保護主義やドル安志向に走れば混乱の展開になるとの論もある。

(今後の世界の動き)
12月5日の記事では、世界の政局について、欧州では重要な選挙・投票が続くとして、イタリアの国民投票でレンツイ首相が辞任、オーストリア大統領選ではリベラル派が勝利し極右の台頭を抑えたが、17年3月にはオランダ議会選、春にはフランス大統領選、秋にはドイツ連邦議会選と続き、極右勢力の拡大の見通しや影響が関心事としている。
クリミヤ問題やシリア問題での対外強硬路線をとっているロシア経済について、リーマン色以降立ち直ってきたGDP成長率は、経済制裁により15年、16年とマイナスに落ち込み、ロシア経済は不振が鮮明になっている。
BREXITについては、ほとんど触れられていない。

以上がその折に論議した内容である。
が、TPP離脱、7カ国の入国禁止など大統領令を頻発し、7カ国の入国禁止令は法廷闘争になっている。閣僚の認証もまだ5人と遅々として進んでいない。まだ激しく情勢は変化しており、フォローしていかなる政策がとられるのか注視していきたい。

2017年1月19日

平成28年12月例会報告

日時  : 12月8日 木曜日 18;30 ~ 20;30
テーマ :歓迎、トランプ大統領
場所  : 港区新商工会館
参加費 : 1000円
担当  :篠原 昌人

一、 ドナルド・トランプという人の特異性
トランプさんという新大統領がユニークな所以は、
反対者からの反発が強いことにあるでしょう。選挙が終わったあと、大統領とは認めないというデモが起こりました。ポールクルーグマンというノーベル経済学賞の学者はトランプの当選で、「世界は地獄に向かっている」と述べたそうですし、ニューヨークタイムズのコラムニストは、「自分の63年の人生で最も強い恐れを感じている」と筆にしました。安倍総理との会談に、自分の奥さんではなく自慢の娘を同席させるトランプさんですが、大事なことは明年の就任以降どんな対日政策を打ち出すかです。ここでは、いささか極端になりますが、どんなことを言って来るか考えてみることにします。

二、 ポストTPPの構築
まずはっきりしたのが、TPPには加わらないと宣言したことです。貿易促進のために12ヶ国(米国含み)で進められてきた経済協定から脱退するわけです。TPPの柱であるアメリカが加わらないわけですから当初の構想は有名無実化した、と言ってよいでしょう。かって国際連盟を提唱したアメリカは、連盟には入りませんでした。入りませんでしたが、常にそばにいて密接に関わっていました。今回の場合は全くサヨウナラというわけです。では我が国はどうするかです。
アメリカがいなくなれば次に控えるのは我国ですから、日本主導で残った国で発足する。スケールは小さくならざるを得ませんが、我が国主導というところに大きな意味があります。日本の景気上昇、圏内域国の経済成長が進めば、ある程度の貢献はできるかもしれない。同時に粘り強くアメリカの再考を求めるのです。色々言動の変わるトランプさんのことですから、就任後、脱退ではなく急きょ一転参加というハップニングもあり得るのです。
次は、アメリカに代わる大国を呼びいれることです。連れて来る役目はやはり日本が負わねばなりません。対象国は中国と韓国です。中国の場合はすでに別の経済圏を作っていますから、どのように調整するかという問題が立ちふさがります。最大の問題は、中国は自由貿易を採っているといっても、市場メカニズムではない要因で動くという側面があります。肝心な時に政府の意向、個人の介入で捻じ曲げられるのです。鉄鋼のダンピング輸出や為替の人的介入です。韓国が参加すればいいのですが、この国は政治が経済を圧迫する時があります。政府の要請で政治資金を求められる、政府の意向で財閥に圧力が加えられるなどです。こうしたことがTPPという国際協定に悪影響を及ぼす恐れがないとは言えません。インドは、どういうわけかTPPには挙がっていませんが、アプローチの可能性はないのでしょうか。大国ではなくとも、ミャンマー、ラオスといった有望国を募るのも一考だと思います。
TPP自体をなかったことにする、ご破算にするという手もあります。最大の貢献国が出て行ってしまったのですから。ですが、ヤーメタでみんな家に帰るというわけではありません。仕切り直しで、新たにアメリカとの間で特恵的な貿易協定を結ぶという方法があります。二国間協定というのは、特に日米の場合は貿易が不均衡の時に、日本の輸出超過の時に結ばされるというのが通例でした。繊維交渉がそうであり自動車問題もありました。貿易摩擦ですね。貿易摩擦に解決を与えたのが、1985年のプラザ合意でありました。今から30年前、円ドル相場をぐっと円高に設定したわけです。中曽根内閣で、大蔵大臣は確か竹下登さんでしたか。30年後の今は貿易促進のためなのですが、日米だけで特別な協定を作るのは困難でしょう。試みに日米シェールオイル協定というのを想像してみましょうか。アメリカは今や最大の石油輸出国なのです。各国が垂涎の的としている魔法の油を日本だけが有利な条件で輸入できるとなれば、WTO違反と提訴されかねません。自由貿易原則違反だと。ですから極端に有利なものは結べないとしても、各国それぞれの利益が一致すれば複数国で貿易協定を結ぶということが考えられます。

三、 孤立主義対策
新大統領は、アメリカ第一と訴えてきました。自国優先という意味と、世界一のアメリカを表明したものでしょう。この自国優先から、アメリカは孤立主義に向かうのではないか、という心配が生まれます。反グローバリズムとも言えるでしょう。
現代社会には二つの大きな流れがあります。一つは、情報というものをできるだけ自由に、できるだけ公開していこうというものです。IT技術そのものがこの流れを促進させています。それに、制度面からは情報公開法があり、誰だって請求によって完全ではありませんが情報・資料を目にすることができます。もう一つは逆です。情報を極力隠そうという流れです。個人情報保護法がそれです。まあ公のものは公開しろ、プライバシーは隠せ、ということになりましょうが、この境界は曖昧な点があります。
トランプさんは、メキシコ国境に壁を作って移民を阻止すべきだと言いました。ひょっとするとトランプ政権は、人の流れに制限をかけるのかもしれません。個人情報保護が発達して、アメリカ人保護法とでも言うべきものが出てくるかもしれません。名目はテロ対策です。怪しい人間は入れるな、というわけです。反グローバリズムです。しかしあまりに一方的になるわけにもいかず、たとえば世界難民会議、仮称ですが、提案してくるかもしれません。各国が分担して難民を受け入れようというわけです。日本もシリア難民を受け入れざるを得なくなる可能性が出てきます。実際トランプさんが就任後、この点で何を言ってくるのか今のところわかりません。孤立主義、反グローバリズムの余波がやってくることを予想して置くべきでしょう。

四、 ポスト日米安保の構築
そして、まさに衝撃的な、ショックとも言うべきものが日米安保破棄、解消でしょう。正式な外交用語で言えば安保自動延長はなし、とアメリカからアメリカからというのが大事ですが、通告されるわけです。これは日本の自立、本当の自立を考えるスターティングポイントになります。安保がなくなっても日米が断絶するわけではありません。力の空白が生じるわけです。いや日中平和友好条約があるではないか、との声があるでしょう。日中条約は同盟条約ではありません。同盟は不要という考えもあるでしょうが、対処法には三つあります。
―日本核武装―
これまでは核の傘をアメリカがさしてくれていました。安保がなくなれば周辺国の核兵器に対し日本は無力となります。じゃあ自分でも持とうというわけです。核の均衡論からすれば正当な選択で、相手がもてばこちらも持つ、これによってバランスが保たれるという単純明快な考えです。伝統的な、古典的とも言ってよい核戦略論です。トランプさんは、日本の核武装をOKすると発言したそうですから現実味を帯びてきます。
ですが全く同じ現実味で世界を見渡し振り返ると、広島、長崎以後、核兵器は一度も使われていません。危機はありましたが回避できました。やはり核保有国の叡智が優った結果でしょう。将来は無論わかりません。ですがこの70年間、結局使わなかった、否使えなかったという現実は重いと思います。つまり核兵器は使えないものとなっていること、政治的兵器になっているということです。そんなものを持つ必要があるのかという考えは出てくるわけで、次の手段を模索することになります。
―第二の同盟国―
アメリカに代わり新たなパートナーを見つけるものです。誰しも思いつく国は中国でしょう。中国は核保有国ですし、日本の最大の貿易相手国ですから。こうした一国をパートナーに選んだ場合は、対等な両国関係を求められるでしょう。日本は今や集団的自衛権を行使する国になりました。具体的な内容は様々でしょうが、日米安保のような片務的なものは認められなくなります。
一国に全面的に頼るのではなく、集団安保を作るという手もあります。複数国が加盟して安全を互いに保障しあうやり方です。加盟国のどこかが侵略を受ければ共通して対処する。加盟国同士で紛争が起これば他の加盟国が調停に乗りだす。こういう方法で集団安全保障条約を結びます。アジア版NATOです。かってソ連のブレジネフ書記長がアジア集団安保を提唱したことがありました。日本にもお声がかかりました。ブレジネフの目論見は、ソ連、インド、日本の加盟で中国を包囲しようというのでした。アジアには中露という二大国があり、この二国の利害を一致させることが集団安保のポイントとなります。アジアには従来から日米安保、米韓安保、南北朝鮮、米比安保、中露関係、中越関係といった複雑な要因があり、アジア版NATOの実現を阻んできました。この中の日米安保という大きな要因がなくなれば、何らかの形が生まれるかもしれません。
―無視策―
無視というと誤解がありますがこういうことです。じたばたしない、あわてない、正確にはああそうですか、という無視する態度をとる。そのうえで、日本を守ってくれていたアメリカがいなくなるのですから、日本自体で考えねばなりません。たとえば核武装はしない、同盟関係も作らない、自国の国防政策を考える、一種の自主防衛です。
自主防衛というと即軍備増強ととらえがちですが、必ずしもそうではありません。何よりも国民の意識改革が大事です。自主防衛はそのきっかけとなるでしょう。これまでは、アメリカが守ってくれると思われていました。そうではないのです。アメリカは応援に来てくれるのです。侵略を受けた時は、何よりも日本が主体とならなければなりません。これまででもそうあるべきだったんです。例を挙げますと、朝鮮戦争の時、崩れゆく韓国をマッカーサーが視察しました。ハンガン(漢江)の岸辺に立って一人の住民に尋ねました。「おたくの国はもうダメかい」と。相手は「そんなことはない、押し返せばいいんだ」との答え。これでマッカーサーは韓国支援を本気で決意しました。要は国民の気ですね。自主国防であれば、日本国民の堅固な国防意識が大事になります。国家の体制としてはこれまで通り防勢を執るということになりましょう。しかし武力は、必要最大限でなければなりません。相手によって様々ですが、必要最大限の武力を用い早期に終わらせるのです。単に最大限ではありません。必要な範囲での最大限です。日米安保解消によって、アメリカだって日本の仮想敵国になります。そういう意識を持つことが、自主国防の基礎といえましょう。
                   了。