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2019年8月14日

令和1年9月例会報告

日時  : 9月12日 木曜日 18;30 ~ 21;00
テーマ :城野先生のDVD「東西古今人間学」の鑑賞会 第7回目
場所  : 港区立商工会館
参加費 : 1000円
司会  : 古川 元晴

DVD「東西古今人間学」第2巻第4回前半要旨
第1 DVDの要旨
 魏・呉・蜀の三国時代における魏軍と呉・蜀連合軍との「赤壁の戦い」につき、前回は、戦いに至る経緯を、「戦うか降参するか」という二者択一の戦略決定の観点から見ましたが、今回は、戦いの具体的な展開状況を、戦略に基づいた「戦術」はどうあるべきかという観点から見たものです。
城野先生は、戦略・戦術について、「戦略は大胆に、戦術は細心に」と述べていますが、赤壁の戦いにおいて展開された「細心な戦術」について、次のとおり解説しています。
(1)戦略に基づく「戦術」の特徴
  ①やったことがある戦術だけを考えたのでは、だめ。
  ②しかし、やったことがない「戦術」は、実際にやってみないと確実なことは分からない。
③だからといって戦略を諦めてはいけない、戦術から戦略を考えてはいけない。
(2)事前準備・・勝つための条件作り
  ①まずは状況把握・・両軍は揚子江を挟んで対峙しており、戦いの場は揚子江となるので、「陸戦」ではなく「海戦」となる。
 ②戦いの武器として必要な石弓の矢10万本の調達・・敵の戦闘態勢が不十分なうちに、かつ、霧が立ちこめて敵に不利な天候状況を利用して奇襲をかけ、敵に石弓の矢10万本を発射させて、調達
 ③具体的な戦術としては「火攻め」に決定・・大軍を相手にする場合の有効性
 ④敵の弱体化・・魏の有能な指揮官2人を、謀略によって、魏の曹操自身に殺させて除く。
(3)戦闘状況
詳しくは次回でみるとおり、火攻めの条件作りとして、まずは敵の船を謀略を用いて鎖で連結させた上で、火攻めによる攻勢を開始して圧勝する。
第2 参加者の感想と議論
1 論点・・「戦術面から戦略を考えてはいけない」とは、どういう意味か?
①孔明は、呉の孫権という人物の人間性を鋭く見抜いて、「この男、説くべからず、激すべし」と判断し、そのとおり実践して魏と戦う戦略決定をさせたということだが、はたしてそれは、孫権にとって正しい判断だったのか?
 ②孫権としては、孔明から勝てるかどうかについての詳しい状況説明を受けて、勝てる気になって判断したということであるから、やはり、勝てるかどうかの戦術面の検討を経て、戦略決定をしたということではないのか?
③要するに、戦略であれば何でもかんでも「大胆に決定」すればよいのかという問題。何か、制約要件があるのではないか?
2 論点についての議論
参加者同士で、多角的な観点から、賛否両論いろいろな意見が出されましたが、結論を得るに至りませんでした。
  そこで、以下において、城野先生の著書を概観した上で、司会者としての雑感を述べることとします。
第3 城野先生の著書によるDVDの補足
1 『三国志の人間学』・・戦略上の誤り
  城野先生は、この著書において、「ナポレオンの有名なロシア進入作戦も、ずいぶん戦略判断の誤りがある。」として、次のとおり述べています。
  「50万の兵を集結してロシアに浸入した。ロシア軍は15,6万位ですから、数の上で敵は必ず恐れをなして講話を申し込んでくるだろうと思っていた。ところがロシアは広大なのでなかなかぶつからず、戦争にならない。どんどん逃げていくロシア軍を追ってナポレオンの軍隊もどんど侵入し(略)。そのうち厳しい冬がやってきて、冬の装備がないのでさんざんな目に会ってとうとう撤退したが、生きて国境までたどりついたのは3万しかいなかった。これほどの大敗北の原因は、戦略判断の誤りです。自分の希望を相手に押し付けるだけで、相手はどうするかということを考えていない。」
2 『東西古今 人間学』・・戦略のない戦術
また、城野先生は、この著書において、ヒットラーのソ連レニングラード侵攻作戦の失敗について、ナポレオンの上記失敗と同じだとしつつ、「戦略のない戦術」だとして、次のとおり述べています。
「軍隊で押さえて相手を降参させよういうことしか考えていないのです。」「裏と表の両面を考えなければいけないのです。それを、相手をやっつけようという片面だけしか考えていないから、相手が自分の考えたとおりにならなかった場合、柔軟に対応ができないのです。つまり、戦略が決定できていないのです。戦略が決定できていないから戦術が立たない。戦術が立たないから、あれやこれや手をつけてみるけれど失敗に終わるわけです。」
第4 司会者としての雑感・・「戦略」についての試論
 戦略について、以下、私の法律家としての試論を述べます。
1 戦略についての2つの考え方
A 戦略は、勝つことを目的とし、そのためには手段を選ばない、という考え方
 ①「力こそ正義なり」が支配する時代、社会における考え方であり、「勝てば官軍、負ければ賊軍」
  ②「謀略」を最大限に駆使
 B 戦略・戦術は、社会から受け入れられるかどうかの観点から決定すべきものである、とする考え方
  ①国家、民族の主権や国民の基本的人権を守るための「法の支配」が確立している時代、社会における考え方であり、法に違反する戦略・戦術は、成り立たない。
  ②「謀略」は、民法の基本原則である「信義誠実の原則」に反し、許されない。
2 「法の理念としての正義」の意味
(1)「正義」の4要素・・私は、内閣法制局における立法の経験を踏まえ、法の理念としての正義の意味を次の4要素に分けて理解しています。()内は、各要素の意味を分かり易く説明したものです。
①真実性(「嘘、偽り」がないこと)、
②普遍性(「自分だけ」でないこと)、
③進歩発展性(「今だけ、金だけ」でないこと)、
④実現性(「空論」でないこと)
(2)「法に違反する戦略」・・必ず法による制裁を受けて失敗する。 
3 参考文献としての永井陽之助著『歴史と戦略』
  本著は、クラウゼビッツの『戦争論』をベースに、「戦略」の観点から、過去における戦争について、全体の脈絡の中で個々の戦局を理解しないと正しい理解に基づく教訓は得られないとし、かつ、戦争の最終目標は「よりよき平和の実現」であるとして、「戦略の本質とはなにかと訊かれたら、私は躊躇なく、『自己の持つ手段の限界に見合った次元に、政策目標の水準を下げる政治的英知である』と答えたい。」と説いています。
  これは、一見すると、城野先生の「戦術から戦略を考えてはいけない」とは真逆の考え方の様ですが、戦争の最終目標を本著のように捉えると、そうでもないようにも思われます。是非、城野先生の戦略論と対比しつつ、検討してみてください。