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2006年10月31日

『いきいき創造の会』感動体験発表会第8回報告

開催日時 :2006年10月28日(土)13:3 0~16:00 
話題提供者:大城 源吉 氏    (株)アスクリン 代表取締役
テーマ「人生に諦めがないように、癒しにも諦めがない」

【プロフィール】昭和13年7月22日大阪出身、昭和32年、浪曲師に憧れ、叔父を頼りに上京、進学を薦められるが、浅草国際劇場で浪曲名人会をみて感激、浪曲師になる決意を新たにし、知人により当時の名人「春日井梅鶯」師匠を紹介され、基礎を教わるが、師匠自身もそうであった「独学修業」を励行、老人ホーム・学園祭・地方のお祭りなどで修行を重ねるが、喀血し入院、闘病生活を経て、社会復帰 
昭和49年 テレビゲーム関連事業 ㈱ゲームアタック設立 代表取締役
平成8年  環境&省エネ関連事業 ㈱アスクリン設立 代表取締役 
内  容
1.大城氏講演要旨
テーマ「人生に諦めがないように、癒しにも諦めがない」
 ①S36年~S42年、肺結核手術を数回繰り返し左肺全摘出肋骨7本切除。この間に尿毒症・心臓停止・臨死体験を経験、 更に手術が必要とのことであったが、手術をして良くなる見通しがなければ、死んでもよいから退院しようと決心した。
②その後、悪性肉腫と判明。再発の可能性大であり、壮絶な闘病生活の幕開けと共に玉川温泉湯治、すなわち「闘治」生活の始まりであった。 また、頚椎損傷の交通事故にも遭い、満身創痍のなか、玉川温泉湯治体験を通して、自分自身が人間的に成長できた。
③酸性の強い玉川温泉に浸かっていると温泉が体の弱いところを攻めてくる。錐でもまれるように痛くなってきたりしますが、その時に心が大事、 心が弱いと逃げてしまうのです。30分位痛いがそれを過ぎると体が慣れてくるのです。生きているだけでありがたいと思う気持が大切です。
④玉川温泉に来る人でも、心の定まらない人は全国の湯治場を歩き回る人がいますが、そのような人は3年後には亡くなっているようです。 心が定まらないのがよくないようです。
⑤医者から余命半年とか言われた人が、真剣に取組み肝ガンが治ってしまった人も居る。自分自身の湯治体験から、 難病の人に無理をせず効果を上げる「機能的湯治法」のアドバイスを続けることが、自身の癒し効果を上げることに繋がると確信している。
心の持ち方が大切で、諦めたらダメ、勇気付けてやる。感謝の言葉を心を込めて言う。
癒しには遅すぎることはない。

ご講演を聴いて:古川 彰久
①素晴しいというよりも凄い体験をされてこられたなあという感じですね。最後によく通る声での浪曲も聞かせていただいた。 50歳まで生きられないと思い年金にも入ってなかったとのこと。一方で実業の方は紫外線カット等の新しいお仕事にチャレンジされている。 まさにチャレンジ人生ですね。
②「心を定める」ことが大切とのこと。死ぬか生きるかという時には、腹を決めて臨め、迷ったり諦めたらダメだとのこと。 戦略選択における決心覚悟ですね。
③ご自分の貴重な体験を周りの困っている人に伝え役立てる。そこにお互いのいのち同志の暖かい交流が生まれる。「いのちの五線符」 が点から始まり線になり面になり、立体になり最後は球になるとのこと。星を見ながら輪になって「ありがとおお------」 と大宇宙に届くような積りで感謝の気持を伝えるとのこと。素晴しいお話を「ありがとおお------」。

2006年10月20日

『いきいき創造の会』感動体験発表会第7回報告

開催日時 :2006年9月30日(土)13:3 0~16:00
話題提供者:古川 彰久 氏:生命情報研究会代表  ㈲イキイキライフ 代表取締役
テーマ「脳力開発から波動脳力の活性化へ」

【プロフィール】
生命情報研究会代表、㈲イキイキライフ代表取締役、中小企業診断士、ITコーディネータ、健康科学博士、生命情報科学名誉博士
著書「知らないうちに強くなる-無限のパワーを生む『波動脳力』」文芸社発行
内  容
1.古川 講演要旨
テーマ「脳力開発から波動脳力の活性化へ」
(1)亡き心友と私の整体生活
①四拾数年前に野口整体と出会い、野口晴哉氏の治療哲学と生命観を学ぶ。当時同氏は厚生省は認めていないが、 最近注目されている統一医療の考え方を健康法として実践されていた。以来出来るだけ薬や医者に掛からないで自分の治癒力を活発にしてきた。 ②私の東大柔道部時代の親友が白血病で倒れ、東大病院の医師から数ヶ月の生命だと告げられる。 その親友の命を救えないかと野口整体に賭けるが後1回が思わぬ障害で乗り越えられず助けられなかった。③親友を預かった時に、 私は当時近視と乱視で裸眼では視力0.1以下であったが、眼鏡を外す決断をした。
(2)情勢判断学会(脳力開発)との出会い
①城野宏氏と出会い、情勢判断学と脳力開発を学び、脳力開発の実践に努めてきた。②自立と挑戦の精神を磨いてきたが、 株にはバブルで大失敗し、以降手を出さないことにした。
(3)増田氏との再会と波動業界への参入
①勤めていた会社を辞めて独立する決心をし、当時新たに誕生した医業経営コンサルタントの資格を獲得し、 病院の経営コンサルタントを行おうと考えた。②情勢判断学会で知り合い、親交のあった増田氏と再会し、 同氏の波動事業の内容を知ると私の健康観とも一致するので、同氏の勧めを受け波動事業へ参画することとなった。 ③増田氏は当時主に健康分野と農業分野への展開に力を入れており、健康分野では東京アトピークリニックを設立し、 農業分野では波動の技術が有機栽培に役立つとして農水省の構造改善局が関心を持っていた。④同氏は農水省からのアドバイスもあり、 波動測定機の原理の解明に取組むが、測定者がセンサーという結論に至り、その後、サトルエネルギー学会の結論も同じになった。
(4)波動脳力の活性化と普及活動
①波動とは気のようなもので現在の物質の科学では存在が確認できないが、 私達の生命活動においては重要な働きをしていることは認められている。②私は波動脳力の活性化を唱え、 私達の生命の中に存在する自然治癒力と感受性を活性化することが必要だとしている。 更に東京医科歯科大学の志村助教授が唱える健康創造と合わせ、世の中に広めるべく、㈲イキイキライフを設立し、 研修事業と健康相談業務を実施していくこととしている。④グローバル化、情報化により日本社会も変容を余儀なくされており、 これまで隅に追いやられてきた心や意識の問題が重要な問題として浮かび上がってきており、波動や脳力開発の考え方が求められてきている。 ⑤この程、総務大臣所管 日本予防医学行政審議会の認証を受け、健康創造学院を設立し、 病気治療から予防医療から健康創造への動きを強めていくこととしている。