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2008年7月25日

「ストレス社会と失敗-失敗を成長の糧に転じる-」

7月例会  7月23日 (水)
      18:30から20:30まで
場所    港区立商工会館
担当    古川 元晴

第1 失敗の二面性と対処方法について
 人生に失敗はつきもので、失敗したときには大変なストレスを感じる上、その失敗への対処方法如何がその後の人生に大きな影響を与えます。したがって、失敗してから慌てるのではなく、平素から失敗した場合の基本的な対処方法(腹構え)を身につけておくことが大切です。
 もとより失敗といっても一様ではなく、それへの対処方法も一様ではありませんが、その対処方法を分類すると、
┌─失敗を認めない・・・・・・・・・・ア
└─失敗を認める┬─ 失敗を責める・・イ
└─失敗から学ぶ ・・ウ
に分けられます。
 失敗にはピンチ(窮地)というマイナス面だけではなく、チャンス(自己を成長させる機会)というプラス面もあり、ア、イはマイナス面、ウはプラス面に立ったものです。アは、人が自己保身のために用いる常套手段となっていますが、真実を偽ることから新たなストレスが生じることになります。イも、責任感が強く、真面目で誠実、完璧主義な人ほど責める傾向が強く、それによってストレスを一層強めてしまって、自己の限界を超えるとうつ状態に陥り、その結果、それが自分を責める方向に向かった場合には自殺に追い込まれ、他人や社会に責任転嫁する方向に向かう場合には無差別殺人に及んだりしてしまいます。これに対し、ウは、失敗を自己成長の機会と前向きにとらえ、そのストレスを成長の糧に転じさせようとするもので、これがストレス対策上最良の方法であることは明らかでしょう。
そこで、「失敗から学ぶ」について実践的に理解を深めることを目的として、畑村氏の「失敗学」と城野先生の「人間行動学」を取り上げ、検討しました。

第2 機械工学の分野における失敗と畑村氏の[失敗学]について

1 失敗にもいろいろなものがありますが、氏は機械工学の専門家の立場から、その分野の失敗(事故)事例を分析し、体系的に「失敗学」としてとりまとめ、社会に提唱するに至ったものですが、氏の説明によれば、
ア 設計の世界は新しいものを創造することが仕事であり、創造のためにも大事故を起こさないためにも「失敗を真正面から捉え、きちんと扱うことが非常に大切」と痛感
イ 失敗に関する事例をあげて研究を続けるうちに、だんだんと失敗に関する体系的な考え方が生まれてきた
ウ これを「失敗学」という形でまとめて世に提唱したのが「失敗学のすすめ」である
ということで、以後、失敗学の提唱者として世の注目を集め、幅広く活躍しているところです。

2 例会においては、氏の「失敗学」を具体的に理解するために、2004年3月26日六本木ヒルズの森タワーで6歳の児童が自動回転ドアに挟まれて死亡した事故について、氏が政府の事故調査委員会とは別に独自に「ドアプロジェクト」を立ち上げ、事故原因を徹底的に解明して再発防止に資する試みに挑戦した事例をとりあげました。その詳細は末尾記載の氏の著書によって明らかにされていますので、例会では、これら著書及びこのプロジェクトに参加した私の体験に基づいて末尾記載の論点について検討しました。
 これを踏まえて失敗学を私なりに要約すると、
ア 機械工学の分野における事故(失敗)を、人間の行動パタ-ンや心の働きなども含めてトータルに捉えて体系化し、「失敗学」として学問的体系にまで高めた。
イ 各自が、失敗から学んで得られた知見を単に個人的な知見にとどめず、社会全体の知見に高めることを提唱 (①責任転嫁していては何も変らない・・各自が自分でできることからはじめるべし、②「失敗を活かす」を日本社会の文化として根付かせようと、NPO法人「失敗学会」を設立)
ウ 日本社会の「失敗文化」を責任追及型から原因究明型に変えることを提唱(「刑事責任追及」と「原因究明」との関係につき、前者が後者を阻害しているとして、前者に対する後者の優先を主張)
ということになるでしょう。
 そこに示されている氏の実践内容は、人を啓蒙し、感動させる素晴らしいもので、城野先生の人間行動学そのものであり、普遍性があって、失敗から学ぼうとする人に知恵と勇気を与えてくれるものです。

3 ところで、上記ウの点について補足します。
氏は、日本社会の「失敗文化」を責任追及型から原因究明型に変えることを提唱しましたが、それは、誠に正鵠を射た重要な提唱といえます。実際にも、氏は、ドアプロジェクトにおいても、責任問題には一切触れずに専ら原因究明に徹しました。そして、メンバー全員が、各自の立場に絡む利害打算を離れ、この事故原因を徹底的に解明して再発防止に寄与しようとの共通の願いに燃えていたため、参加した私も、その都度心が洗われ、清められました。利害打算だらけの世の中で、かくも純粋な気持ちで参加し燃える場があるなどということは、通常ではあり得ない光景で、大変感激したものです。
 また、私自身も、自分の職場において発生する職員の職務遂行上のミス(過誤)については、
ア 顧客に対する関係では、ミスの責任は公証人が全面的に負って、その補助機構にすぎない職員には負わせない
イ 職場内部の関係では、公証人としては、職員を責めることは一切せず、再発防止に活かすことに専念することとして、「ミスを犯した職員は誰で、その経緯はどうであったか」の原因究明はしっかり行うが、責めるのではなく、原因に対応した新たな予防措置を皆で検討し、講じる等を実践しています。それにより職員の志気が向上することも実感しているところです。
ところが、責任が「刑事責任」の問題になる場合には、重大な問題が浮上してきます。これについては次項において述べることとします。


【畑村氏の参考著書】
①「ドアプロジェクトに学ぶ」日刊工業新聞社
②「危険学のすすめ-ドアプロジェクトに学ぶ-」講談社
③「知るを楽しむこの人この世界-だから失敗は起こる-」NHK出版
④「失敗学実践講座」講談社
⑤「だから失敗は起こる」NHK出版
⑥「失敗学事件簿」小学館


【「ドアプロジェクト」についての論点】
① 氏が、政府の事故調査委員会とは別に、独自に「ドアプロジェクト」を立ち上げた理由・・調査によって得られた知見を以降の安全対策に生かすことが必要であるが、政府の事故調査委員会にはそれを期待できないため、自ら行うことを決意

② 「ドアプロジェクト」に参加したメンバー・・諸々の分野で活躍する多彩な人材が、氏の「失敗から学び、社会に活かす」の志に賛同し、ボランティア的に参加

③ 氏が提唱する機械設計の基本思想・・「本質安全」が在るべき思想だが、センサーとシステムで安全にする「制御安全」に安易に頼る傾向

④ 氏の調査方法・・三現(現地・現物・現人)

⑤ 氏は、刑事責任追及と原因究明の関係につき、後者を前者に優先させるべきことを提唱

⑥ 氏が提唱する、「失敗を社会に生かす」ための方法・・
1. 事故情報の自動収集、
2. 情報化・知識化<失敗知識デーダベースの 構築>、
3. 社会への発信<失敗体験館、科学技術振興 機構のサイト等>

⑦ 氏が指摘する「失敗に共通して生じる現象」・・
1. 失敗の顕在化の確立<ハインリッヒの法則からの類推>、
2. 組織における役割分担の経時変化、
3. マニュアル化の弊害、
4. 大失敗を誘発する樹木構造

⑧ 氏が提唱する「失敗を予見し、予防する思考」・・仮想演習と逆演算

⑨ 氏が提唱する「新しい考えを構築する手法」・・
1,思考平面図、
2,括り図、
3,思考関連図、
4,思考展開図


(編集人より:
古川元晴さんの7月例会報告は、大変大作の為、前編と後編に分けて掲載させていただきます。続きの後編は、次月10月号に掲載いたしますので、よろしくお願いいたします。)