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4月の例会報告

日時  : 4月8日  水曜日
      18:30 ~ 20:30
場所  : 港区立商工会館
参加費 : 1000円
テーマ : 「情判会の拡大・発展について」
        =月例会を見直そう=
担当  : 古川 元晴

4月の例会では、情判会を拡大・発展させる上での課題の中から、最も優先度が高いと思われる「月例会の見直し=魅力化」の課題を選ぶこととし、その実験的なテーマとして「裁判員制度」をとりあげました。そこで、その検討状況の骨子を報告し、それに対する月例会の魅力化の観点から私の感想を述べることとします。

第1 裁判員制度について

 1 複雑な問題は「戦略」を基軸に解明すべし
  いよいよ本年5月から裁判員制度(以下「本制度」という。)がスタートしますが、これを推進する立場にある関係機関(最高裁、法務省・検察庁、日弁連等)が5年間にわたり総力を挙げて普及・広報活動を展開したにもかかわらず、依然として国民の理解は不十分なままの状況にあります。本制度を巡っては、賛成・反対の両方の立場から複雑多岐にわたる議論が展開されていて正に百家争鳴の感がありますが、反面、議論が真の論点を掴みかねて混迷を深めています。
  本制度を巡る諸々の議論は、これを単に平板的に見るのではなく、以下のとおり戦略を基軸として立体的、体系的に見ると、その混迷の原因が明らかになります。
  なお、社会には諸々の法律がありますが、すべて、一定の目的(法律自体に、その法律の「目的」あるいは「趣旨」として明記されている場合が多い。)を実現するために制定されていて、それが当該法律の戦略ということになります。

 2 刑事裁判の目的=戦略=を掴む・・議論の基軸の明確化
検討の前提として、「そもそも刑事裁判の目的は何か」についての正しい理解が不可欠です。刑訴法第1条は、この法律の目的として「事案の真相を明らかに(する)」ことを掲げ、この真相解明こそが刑事裁判の目的=本質=戦略であることを明らかにしています。裁判体は、裁判官、検察官、被告人・弁護士の三者で構成されていますが、それぞれの立場の違いを超えた共通の目的が「真相解明」であることを、法律は明文で宣言しているわけです。この点の理解を抜きにして一方当事者の立場だけに偏し、ただ有罪にすればよい、無罪にすればよいというのでは、刑事裁判はその本質を見失ってゲームに堕して、普遍的な社会的価値を得られません。
本制度を巡る議論は、この刑事裁判の目的を基軸として展開しないと混迷に陥り、収拾がつかなくなるということを、まず抑える必要があります。

 3 本制度を決定する二つの戦略
  本制度を定めた裁判員法第1条は、この法律の趣旨として「司法に対する国民の理解の増進と信頼の向上に資する」ことを掲げているので、これがこの法律の戦略ということになります。
 しかし、この規定には致命的な欠陥があります。本制度が上記の刑事裁判の目的(戦略)とどのような関係にあるのか、具体的には、本制度は
  ①真相解明よりも上位の社会的価値を実現することを目的とする(以下、これを「A型」という。)
  ②真相解明よりも下位に位置付けて、これに寄与することを目的とする(以下、これを「B型」という。)
のいずれなのかと言う基本的な事柄を明らかにしていない上、関係機関も、この点を曖昧にしたまま、両方の良い所(光の部分)取りのつまみ食い的な説得に終始している。実は、ここに、本制度を巡る議論が混迷に陥り、国民の真の理解が得られない根源的な原因があります。

 (1) 国民が抱く疑問は、戦略決定をしないと解消しない
国民の本制度に対する最大の疑問は、「素人に専門家以上の真相解明ができるか」という点です。この疑問は、刑事裁判の「真相解明」を重視するB型の立場からは当然に生じる疑問です。したがって、本制度の戦略がB型であれば、その疑問に真正面から答える必要があります。一方、A型であれば、それにより真相解明が妨げされることとなってもやむを得ないということになり、疑問を呈する国民の方にこそ発想の転換が求められることとなりますが、A型の正当性は何かについての明快な説明が求められることになります。
  要するに、「真相解明」を基軸とした場合、本制度をその上位、下位いずれに位置づけるのかは両立できない事柄です。戦略決定とは、両立できない事柄のいずれか一方を選択することですから、本制度についても、A型・B型が両立できない関係にある以上、その選択を回避して議論をしても、まともな議論ができるわけがありません。

 (2) 本制度をB型とすることと、その合理性
関係機関は、「国民の常識を反映させることによって、より的確な事実認定ができるようになる」とか、「専門家といっても法律の専門家にすぎず、事実認定においては、素人であっても専門家に劣らない事実認定ができる」等といって、疑問か杞憂であるかのように説明している。しかし、国民の疑問は杞憂ではなく、現に陪審制をとる米国においては、冤罪、誤判の弊害が我が国に比して格段に大きく、深刻な社会問題とされているし、参審制をとる独、仏等においても、同様の状況にあることは公知の事実です。元来、我が国では、陪審制推進者の多くがその光の部分のみを強調して、この現実(陰の部分)を隠蔽する傾向にありますが、国民を誤導するものです。事柄を素直に全面的に見れば、本制度がB型であるとすれば重大な欠陥が存することになり、大幅な変更が加えられない限り、合理性は認められないこととなるでしょう。

 (3) 本制度をA型とすることと、その正当性
  本制度をA型とすることは、法制度上は可能です。現に、刑訴法第1条は、「基本的人権の保障」を真相解明より上位に位置づけて、それにより真相解明が妨げられてもやむを得ないこととしています。A型の典型的な事例は、英米の陪審制であり仏の参審制でして、国民のそれぞれの価値観に基づいた多様な意見を、それが常識的であるとか非常識であるとかにかかわらず尊重し、率直に出し合って、裁判をするということです。その結果として、冤罪、誤判が深刻な問題となりますが、これらの国民は、その歴史的経緯や国情等から、それを上回る重要な社会的価値を、「国民の権利」としてその制度に見出しているのです。
それでは、わが国においては、本制度をA型とすべき如何なる歴史的経緯、国情があって、現行の刑事裁判制度にどのような重大な問題が生じているというのでしょうか? 関係機関は、本制度の趣旨、目的、効用等として、
  ①立法や行政には主権者である国民が積極的に参加しているのに、司法だけはあまりにも国民から遠すぎたと反省すべきである
②国民によって直接支えてもらうことによって、司法により強い国民の基盤が与えられるとともに、裁判をわかりやすく、社会常識に従ったものにできる
等と説明している。しかし、この程度の説明では抽象的、一般論的に過ぎて、正当性が薄弱過ぎます。これでは、本制度を刑事裁判に限定すべき理由はなくなり、むしろ国民生活により重大な影響を及ぼす行政事件、労働事件、商事・民事事件の方にこそ必要性、有用性、緊急性があるのではないかという疑問が生じる上、このまま「主権者としての国民の義務」として強制されることとなれば、極端な話しとして、死刑執行への立会とか徴兵制さえも強制できることになるでしょう。

 4 本制度は、戦略決定の回避が深刻な弊害をもたらした典型的な事例
本制度が、陪審制(A型)を理念とする勢力と、現行の制度を基本的に是とする勢力(B型)との妥協として誕生したことは、公知の事実です。そのために、現行の裁判にどのような問題があり、本制度をA型、B型いずれにすべきかという制度設計上の基本的な課題が棚上げされてしまい、裁判員法がその趣旨を「司法に対する国民の理解の増進と信頼の向上に資する」と規定するとおり、専ら国民の教育、啓蒙の必要性によって合理化、正当化せざるを得なくなったのです。しかし、真の論争の基軸が「真相解明」であって、A型、B型の選択が不可避である事実は厳として存在しているわけですから、国民の理解が混迷に陥ってしまうのは当然でしょう。

5 本制度の将来を展望する
本制度が開始されれば、実践的にB型による説明は破綻するでしょうから、必然的に、残るA型による正当性が問われることとならざるを得ないでしょう。その場合、裁判員法が掲げる「司法に対する国民の理解の増進と信頼の向上」という目的のうち、「理解の増進」は容易に達成できるとしても、「信頼の向上」は、その「信頼」の根拠が「主権者自らが裁く」こと自体であるというのでは説明にならず、より具体的な説明がもとめられることとなり、それが従前同様の「真相解明」である限り、向上する見込みは薄いわけで、他にこれに代わる根拠として具体的に如何なる実践例が生み出され得るかが、本制度の将来を決することになると思われ、これからの成り行きが注目されます。

第2 「月例会の魅力化」の視点からの感想
裁判員制度を巡る問題を、「戦略」を基軸として解き明かすことに挑戦し、それなりに成果はあったと自負しているところですが、理念的、哲学的な対立や専門的な用語をも含む複雑多岐な論点を、月例会の限られた時間内で説明し尽くすことは、率直に言って極めて困難であるということを実感しました。数回に分けるか、論点を厳選して限られた時間内に要領よく説明することが大切だと反省しています。

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