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平成27年12月例会報告

日時  : 12月10日 木曜日 18;30 ~ 20;30
テーマ :「悲劇の再発防止」とは。東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓から考える
    第3回

場所  : 港区新商工会館
参加費 : 1000円
担当  :郷津 光

急遽前月の第2回に引き続き12月例会も私郷津が発表を行う事となりました。下記ご報告となります。
【2011年3月11日以前の流れ】
1980年代後半から、チェルノブイリ原発事故発生を契機として、日本国内の通産省他が同様の過酷事故(シビアアクシデント)を想定した対策の検討が開始された。しかし、結果として2011年3月11日時点での原子力保安院における最悪の事故想定(原災法15条該当事象)は、日本国内で発生した過去の事故(JCO臨界事故)を超えるものではなかった。
2004年12月26日発生のインド洋大津波により、インド・マスドラ原発の非常用海水ポンプが運転不能に陥った事態を受けて、2006年1月に保安院とJNESが溢水勉強会を設置。2006年5月東電は保安院に福島第一原発5号機の想定外津波について検討状況を溢水勉強会において報告。当該報告によって、従来想定約6mを超えるO.P.+10mの津波到来で炉心損傷に至る危険性、O.P.+14mの津波到来で全電源喪失に至る危険性が、東電と保安院で共有された。
2006年9月、新たな「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針(新指針)」の原子力安全委員会での正式決定を受け、保安院は新指針に照らした耐震安全評価(耐震バックチェック)の実施と実施計画作成を原子力事業者に要求。2006年10月保安院担当者が、耐震バックチェックに係る全電気事業者への一括ヒアリングにて、「バックチェック(津波想定見直し)では、(中略)自然現象であり、設計想定を超えることもあり得ると考えるべき。津波に余裕が少ないプラントは具体的、物理的に対応を取って欲しい。」「想定を上回る場合、(中略)そのまま炉心損傷になるため安全余裕がない」「各社重く受け止めて対応せよ」「今回は、保安院としての要望であり、この場を借りて、各社にしっかり周知したものとして受け止め、各社上層部に伝えること」との内容を口頭で伝えた。
その後2007年新潟県中越沖地震が発生、東京電力柏崎刈羽原発構内で火災が発生、大々的に報道される。
2008年3月東電が福島第一原発(以下1F)5号機・福島第二原発(以下2F)4号機に係る中間報告書を提出。
2008年5月~6月にかけて東電は、2006年10月の保安院担当者口頭指示を受けて地震調査研究推進本部公表「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について(福島第一原発沖を含む日本海溝沿いで、マグニチュード8クラスの津波地震が30年以内に20%程度の確率で発生すると予測。)」に基づき津波高を試算。従来の想定(約6m)を大幅に超える想定津波高の数値(福島第一原発2号機付近O.P.+9.3m、5号機付近O.P.+10.2m、敷地南部O.P.+15.7)を得た。
2009年6月および7月に総合資源エネルギー調査会専門家会合にて東電提出の耐震バックチェック中間報告(1F5号機・2F4号機)を評価する際、委員から非常に大きな津波が福島県に到達していたとの指摘。貞観三陸沖地震・津波を考慮すべき旨の意見が出された。2009年7月保安院が1F5号機に係る耐震バックチェック中間報告の評価結果を取りまとめ、津波評価はせず耐震安全性が確保されると結論。
2009年8月~9月に東電が津波評価に関し、保安院審査官へ、貞観津波波高は東電計算の結果1FでO.P.+9mである事を説明。
2010年3月1F3号機プルサーマル導入に関して、福島県知事が保安院へ1F3号機の耐震安全性評価を求めた。特別扱いとして実施された1F3号機耐震バックチェック中間報告評価の際、保安院担当審議官が、保安院長・次長に貞観地震による津波評価が最大の不確定要素である旨説明。2010年7月に保安院は1F5号機同様津波評価をせず東電提出の1F3号機に係る耐震バックチェック中間報告の評価結果が妥当である旨報告。
2010年東電が福島地点津波対策ワーキング(第1回)を開催。その中で従来想定の最高津波波高は6.1m、しかし推本知見・貞観津波を受けた社内計算の最高津波波高はO.P.+15.7mであると評価していた。

【実態】
耐震バックチェックに関して、規制当局は、炉心損傷・全電源喪失の危険性という重大・致命的なリスク情報を把握し、津波評価に関して全電気事業者に強い指示・警告を発し、また津波評価が最大の不確定要素との認識があったにも関わらず、事故以前事業者の津波対策に関して進捗状況を管理していなかった。
事業者は、経営層において「コストカット」と「原発利用率向上」が重要な経営課題として認識されていた。また経営層が用いる「経営で管理すべき重要リスク」等では、自然災害等に関するリスクは稼働率低下・信頼失墜の要因として扱われ、原発の過酷事故に繋がるリスクとして扱われる事はなかった。安全確保は専ら現場(「原子力の安全はライン業務の中でしっかりと担保すべきものであり、また大前提である」:国会事故調報告書本文5.3.1(2)会議及び管理表で取り上げられるリスクの傾向)の役目となっていた。
立法府・司法も規制当局・原発事業者の高い専門性の壁を超える事は出来ず、具体的対策は規制要件化される事はなかった。
結果、日常業務で担保不能な安全性(大規模自然災害対策や過酷事故後の被害拡大防止、日本国内で未発生の事故対応等)について、積極的に対応、推進、指導、監視・監督する者が、日本国内に誰も存在しない状況が発生したと言える。

【リスク把握の特徴】
? 科学的に発生が予想されたとしても、日本国内で未発生の事態に関して、その対策の多くが規制要件ではなく「事業者の自主対策」となる傾向がある。
? 経営層と現場とで分担すべきリスクが存在するにも関わらず、安全性について現場が担保すべきとされる傾向がある。
? 民間企業に共通して求められる利益最大化の姿勢の中で、総合的なリスク把握並びに脅威判定が後手に回り、実際起こった事故・不祥事の再発防止にかかりきりになりやすく、結局潜在化したリスクに対する脆弱性の放置が更に助長される傾向がある。
? 安全性に関する優位性の宣伝効果・企業イメージ向上を目的として、明白かつ有名で象徴的な弱点(過去に起こった事故の直接的原因)にだけ安全対策を注力する姿勢がとられやすい。
? いまだ発生した事実がなく確率論的なリスクについては、その発生確率把握が、脅威の順位付けではなく、専らリスクが小さい=対策が不要である事を示す証拠として用いられる傾向がある。結果として高い発生確率を示す根拠=対策が必要である事を示す根拠については不確かさを理由に選択的に排除・非公開にされやすい。

【潜在的リスク把握に関する具体策一例】
事業者が、自らの根源的弱点を強く自覚し、可能な限り広範囲から安全性に関するリスク情報を収集し、安全への脅威に関する順位付けを行い、可能な限りリスク想定の範囲を押し広げ、利害関係を有しない他の業界・業種からの意見も積極的に取り入れ、リスク情報を共有する事が必要となる。また、脅威の順位は日々変動する事も自覚し、定期的・機械的に更新していくことが必要となる。さらにリスク判定に関する専門職を設置し、経営から独立して安全性に関するリスク情報を把握・更新・助言できる能力を習得させる。独善に陥らない様定期的に外部との交流を行う。さらに、膨大な量の対処不能なリスクの存在を自覚し、最悪の事故・事態は起こる前提で、それに向けた対策を対策進捗の如何に関わらず独立して行う。その上で、逆算的に把握された弱点についても対応する。

【事業者による自主対策の限界】
自主対策である以上、上記の様な極々当たり前の対応ですら実行するかしないかは、企業経営者の善意に委ねられる事となる。経営者の大きな役割の一つが企業活動にける利益の最大化である以上、実行されない方向に対して大きく傾斜していると考えられる。
本来であれば規制当局が、中立・公平・独立・高い専門性から上記の様な極々当たり前の対策を企業に対して要求・規制要件化すべきであるが、現状不確実なリスクに関しては往々にして自主対策となる傾向がある。

【安全性に関する不作為を許容する構造】
企業内において経営者と現場、双方が担保すべき安全性が存在する事を説明した。
企業とその外縁についても同様に分担して担保すべき安全性が存在する。安全性の第一義的責任者である事業者、安全の確保が万全であるか監視・監督する規制当局、規制当局が必要とする権限・能力を法律によって与える立法府、個人の尊厳を基本として身体の安全を第一に判断を下す司法、それぞれが期待される安全性に関する役割が存在する。
今回の事故では「まだ日本国内で発生していない規模の大事故である事」を主な根拠として、その全てが機能不全に陥った。
これは「原子力ムラ」という単語に象徴される様に、原子力産業固有の構造であろうか。もし同様の構造が、他の分野で存在する場合、上記と同じような経路をたどって、致命的なリスク情報が大々的に放置され、結果として巨大な事故・不祥事を生じさせる可能性があると言える。
もちろん、他の分野の企業経営者が、「今回の事故とその原因を作り出した構造は原子力業界固有のものだ」としつつ、将来の起こり得る危険に関する情報を、規制当局の不備をもって無視し続ける事も出来る。「起こるかもしれない事は可能な限り起こらない前提で動く姿勢」を続ける事で、安全性を考慮しない見せかけの利益を獲得する事も出来るだろう。しかし、一度大規模な事故・不祥事を起こし、その際に経営者が「想定外であった」と無責任に繰り返せば、企業の社会的信頼が大きく毀損される事は今回の事故からも明白である。
日本国内の企業経営者は、企業価値向上を目的として、この様な国内の構造的弱点を強く自覚し、潜在的リスク把握に関する教訓を積極的に習得すべきではないだろうか。
【主な参考文献】
(1).東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(2012)『国会事故調報告書』徳間書店。(2).古川元晴・船山康範(2015)『福島原発、裁かれないでいいのか』朝日新聞出版。

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