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令和2年8月例会報告

日時  : 8月13日 木曜日 18;30 ~ 21;00

テーマ :小冊子「月刊脳力61-4最終号」
      当時の情勢判断学会を偲ぼう。


場所  : 港区立商工会館

参加費 : 1000円

司会  : 古川 彰久

「月刊脳力」(脳力開発の理論と実践)は城野経済研究所が昭和44年以来発行してきた月刊誌ですが、昭和60年12月に城野先生がご永眠されたことから61年4月号が最終号となりました。
その最終号を参加者にお配りして、当時の情勢判断学会の活動状況を偲んでみましょう。

Ⅰ.「月刊脳力61-4最終号」の概要
〇風光画シリーズ
 -光と影の世界― ノサップ岬 夕日は海に
〇情勢判断の方法
 経済摩擦と日本経済発展の秘密
1. ちがいがわからねば協調はできない
2. 日本経済の解明は、欧米の「経済学」ではできない
 城野宏遺稿
〇城野宏著書紹介
〇情勢判断学会・脳力開発研究会及び
 各種ゼミ一覧表
 ・事務所
 ・研究会
 ・ゼミナール
 ・一般公開講座
 ・関係会社
 ・各地における情勢判断学会
〇情勢判断の方法 バックナンバー
〇脳力開発実践シリーズ
 脳力開発で救われた私の人生
1. 人生戦略の大切さ
2. 脳力開発との出会い
3. 昨年の反省―戦略戦術の混同―
4. 脳力開発による再出発
5. チェーン専門店の活性化―毛皮本部のピンチ―
6. 確定的要素からの出発―立場の整理-
7. 問題の本質(情勢分析)
8. 楽しみの人生を目指して―脳力開発の実践―
            種本 武司
〇脳力開発サロン
 台湾に於ける脳力開発
 ―豊姿美容院の例―  清水 英雄
〇情報ネットワーク
〇編集レポート
Ⅱ.参加者の意見交換
1. 城野先生の活動の多様性
情勢判断学、脳力開発にとどまらず、風光画や護身道等も実践されていた。
2. 情勢判断学会・脳力開発研究会等
城野先生が育成指導された方々を活用されて各地で普及活動をされてこられたが分かる。
これらの方が現在どのような活動をされておられるのか気になる。
また、ここには名前が挙がってこないが、城野先生の著書「城野宏の戦略三国志」を編集された西順一郎氏はマネージングゲームの中に脳力開発を取り込み普及活動をされており、それを受け継いで板東光秀氏も活動されておられる。
3. 城野先生著書について
城野利江夫人のご了解を経て、情勢判断学会として販売させていただいておりますのは、情勢判断学会のホームページの書籍案内
https://www.jouhan.com/book/index.html に掲載されています。
多くの書籍が売り切れてますが、まだ残っている書籍の中で、城野先生の活動の原点ともいえるものに以下の2書があります。
「祖国復興に戦った男たち(終戦後、四年間も中国で戦った日本人の記録)」
その他以下の書籍の在庫があります。
「情況判断の行動学」
「中国の発想」
「三国志の人間学」
「謀略の人間学」
「第三の経済学」
「諸葛孔明の戦略と戦術」
DVD「東西古今人間学」
4. 城野先生と古川彰久との関わり
(質問に応えて)
(1)城野先生との出会い
  城野先生は昭和39年に帰国されました。
  小生が城野先生をお会いしたのは昭和40年の1月に東大の七徳堂の柔道場でした。小生は在学中柔道部に所属し、当時は卒業してましたが、寒稽古に参加致しました。城野先生は柔道部の先輩で後輩に寝技を教えにお越しになりました。
それが縁で城野先生の活動に興味を持ち、情勢判断学を学ぶことになりました。
(2)情勢判断学の活用
  小生は住友金属工業に勤務し、勤務地も小倉、大阪、東京と移動しておりましたが、城野先生は各地でご講演されておりましたので、都合の合う時には参加させていただきました。また、情勢判断学や脳力開発について書物等でも学び、これを日常の行動に活用していくことにしました。
  私が小倉で勤務している時に城野先生が小倉でご講演されて、その時に知り合った増田寿男氏には、住金退職後、波動の世界で大変お世話になりました。
  輸出の業務に携わっている時に、米国のノースウェスタン大学の大学院に1年間留学させて貰いました。
  住友金属工業は鉄鋼業ですが、名前の示すように鉄以外の金属工業にも関心を持っておりました。小生は市場開発の仕事に携わったこともあり、一時半導体の事業にも関心を持ち、半導体の会社に出向したこともありましたが、結果的にはうまく行きませんでした。
(3)自主独立への道
  小生としては、住金退職後にどのような生活を目指すのかを考えると自立して使える資格を取っておこうと考え、平成2年に中小企業診断士の資格を取り、会社として株式会社エイエムシイ(Active Managing Consult)を設立しました。
  平成3年には医業経営コンサルタントの資格を取得しました。
  この頃は、東京情勢判断学会に参加させていただいておりました。
  また、会社が休みの間に医業経営コンサルタントの資格を活用し、病院の経営相談をいたしました。その結果今の医療体制が利権構造で、小生が実践している自然治癒力活性化増進とは相容れないものだと分かりました。
  以前小倉で知り合った増田寿男氏が東京で波動の機器を製造販売していることを知り、波動の仕事に興味を持ちました。
  平成7年3月に住友金属工業を円満退職し、独立するとともに増田氏の会社(当時会社名(株)二ホンパンナ―、後に(株)ライフフィールド総合研究所へ改名)の専務取締役に就任した。
  その後、専務取締役を辞任し、一次代理店として(株)エイエムシイが波動機器の販売を行う。
  更に、増田氏の了解を得て、独自の波動機器の製造販売を行うことになる。
(4)情勢判断学会との関わり
  城野先生は昭和60年12月にご永眠されるが、その後の情勢判断学会は城野利江夫人が取り仕切ることになった。
  東京情勢判断学会は、川手誠氏が事務局長として運営されてこられたが、諸般の事情で継続できないとのことで、城野利江夫人から小生に引き継ぐように要請があったので、平成14年2月以降小生が事務局長を引き継ぐことになりました。

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